「取引先から、うちが納める部品のCO2排出量を出してほしいと言われた。けれど、何から手をつければいいのか、さっぱり分からない」

ここ一、二年で、製造業の現場からこの手の相談がぐっと増えました。大手メーカーやその一次下請けだけの話ではありません。従業員数十人の町工場にも、同じ要請が回ってきています。

申し遅れました。槙野透と申します。樹脂加工メーカーで12年ほど技術営業をやったあと、産業リサイクルの専門誌で記者をしていました。今はフリーで、プラスチックのリサイクルやサーキュラーエコノミー、製造業のサステナビリティをテーマに書いています。きれいなオフィスより、油の匂いのする工場の床のほうが正直しっくりくる人間です。

CO2の可視化と聞くと、専門コンサルに高い費用を払って、難解な計算式と格闘する作業を思い浮かべる方が多いと思います。でも、最初の一歩はもっと地味で、現場の人間が自分の手で踏み出せるものです。この記事では、可視化を何のためにやるのかという話から、Scope1・2・3の仕分け、実際の算定手順、現場でつまずきやすい場所、そして可視化のその先にある削減の打ち手まで、順を追って説明します。読み終えるころには「来週から何をすればいいか」が見えているはずです。

なぜいま、CO2の可視化が製造現場に押し寄せているのか

数年前まで、CO2排出量の算定は一部の大企業がIR資料のために取り組むもの、という空気がありました。それが急に、サプライチェーンの末端まで降りてきた。理由ははっきりしています。

「測れないと、取引が続かない」が現実になってきた

大企業が自社の排出量を開示する際、自社の工場やオフィスの分だけでは済まなくなりました。原材料を調達し、部品を仕入れ、製品を運んでもらう。その一連の流れで出るCO2まで含めて報告する流れが定着したからです。

その結果、何が起きたか。発注元が取引先に対して「あなたの会社が納めている部品の排出量データをください」と求めるようになりました。求められた側が「うちは測っていません」と答えると、次の選定で不利になる。極端な話、見積もりの土俵にすら乗れないケースが出てきています。

私が取材した部品メーカーの調達担当は、こう漏らしていました。「品質と価格で勝負してきたのに、急にCO2のデータを出せと言われて面食らった。でも、出せない会社から切り替えていく、と取引先にはっきり言われたんです」。脅しではなく、これがいまの現実です。

守りの可視化、攻めの可視化

ただ、可視化を「やらされ仕事」とだけ捉えると、もったいない。可視化には守りと攻め、二つの側面があります。

守りは、いま書いたとおり取引を維持するための対応です。一方の攻めは、自社の排出量を把握することで、どこに無駄があるかが見え、削減の打ち手が具体的になる点にあります。電気代や燃料費の削減に直結する話でもあるので、コスト改善とも相性がいい。

さらに、設備投資には国の補助金が用意されています。省CO2型の設備への更新や、エネルギーの転換を支援する制度です。最新の公募内容や対象設備は、環境省の工場・事業場の脱炭素化推進支援サイトで確認できます。補助金の有無で投資判断が変わることもあるので、設備更新を検討しているなら一度のぞいておく価値があります。

つまり可視化は、取引を守る盾であると同時に、コスト削減と設備投資の判断材料を手に入れる作業でもある。この両面を頭に入れておくと、社内で予算を取る話も通しやすくなります。

まず押さえる「Scope1・2・3」という3つの区分

可視化の話を始めると、必ず出てくるのが「Scope」という言葉です。スコープと読みます。1から3まであって、最初はとっつきにくいのですが、仕組みは単純です。要は「どこで出たCO2か」で排出を3つに仕分けるだけです。

3つのScopeを、ざっくり仕分けする

言葉で説明するより、表で見たほうが早いと思います。

区分何の排出か製造業での具体例
Scope1自社が直接出す排出工場のボイラーで燃やす重油やガス、社有トラックの軽油
Scope2買った電気・熱を使って間接的に出る排出工場で使う購入電力、外部から買う蒸気
Scope3自社の外で出る、事業に関わる排出仕入れた原材料の製造時、製品の輸送、出張、廃棄

Scope1とScope2は、自社の請求書を見ればだいたい足し算できます。燃料の購入量、電気の使用量。手元に伝票があるので、ここは比較的とっつきやすい。

問題はScope3です。自社の外で起きる排出なので、自分たちでは直接コントロールできない。それでいて、量としてはここが圧倒的に大きいことが多いんです。

製造業でいちばん重いのは、たいてい「Scope3カテゴリ1」

Scope3はさらに15のカテゴリに分かれます。全部覚える必要はありません。製造業でまず効いてくるのは「カテゴリ1:購入した製品・サービス」です。

これは何かというと、自社が仕入れている原材料や部品を、その素材メーカーが作るときに出したCO2のことです。鉄鋼、プラスチック、化学品。こうした素材は、製造の段階でかなりのCO2を出しています。製品を組み立てるメーカーにとっては、自社の工場の排出(Scope1・2)よりも、仕入れた素材の排出(Scope3カテゴリ1)のほうがずっと大きい、という構図がよくあります。

ここが大事なところです。自社の電気をいくら節約しても、全体の排出のうち小さな部分しか動かない場合がある。本気で減らすなら、「何を、どこから買っているか」に目を向ける必要が出てきます。この話は記事の後半でもう一度戻ってきます。

CO2可視化の実務ステップ

では、いよいよ本題の手順です。算定の進め方は、環境省が4つのステップに整理しています。私もこの順番で考えるのがいちばん迷わないと思っています。順に見ていきます。

ステップ1 何のために測るのか、目的を先に決める

いきなり計算を始めたくなりますが、その前に「何のために測るのか」をはっきりさせます。ここを飛ばすと、あとで手戻りが必ず発生します。

目的によって、測る範囲も精度も変わるからです。取引先に提出するためなのか、補助金の申請に使うのか、自社の削減計画を立てるためなのか。たとえば取引先から特定の製品の排出量を求められているなら、全社の排出をざっくり出すより、その製品に絞って精度を上げたほうがいい。

最初に「誰に、何を、いつまでに見せるのか」を一枚の紙に書く。それだけで、このあとの作業の解像度が変わります。

ステップ2 どこまで測るか、線を引く

次に、算定の対象範囲を決めます。どの拠点まで含めるか。Scope3のどのカテゴリまで手を伸ばすか。

ここで完璧主義に走ると前に進めません。最初から15カテゴリすべてを精緻に測ろうとすると、たいてい途中で力尽きます。私が見てきた中でうまく回っている会社は、まずScope1・2を固め、Scope3は影響の大きいカテゴリ1から着手する、という順序を踏んでいました。

範囲を決めるときの考え方を、シンプルに整理しておきます。

  • まずは自社で握っているScope1とScope2から始める
  • Scope3は、金額や数量の大きい原材料・サービスから優先する
  • 最初の年は「全体像をつかむ」ことを目的にし、精度は二の次にする
  • 翌年以降、重要な部分の精度を少しずつ上げていく

一年で完成させる作業ではありません。回しながら育てる。この感覚が現場では効きます。

ステップ3 活動量を集めて、排出係数を掛ける

ここが計算の中心です。といっても、やることは掛け算ひとつです。

CO2排出量は「活動量 × 排出係数」で出します。活動量は、電気の使用量や燃料の購入量、原材料の調達量など、自社の活動の規模を表す数字です。排出係数は、その活動1単位あたりにどれだけCO2が出るかを示す数字です。

活動量のデータは、実は社内にもう揃っています。

  • 電力使用量は、電力会社からの請求書
  • 燃料の使用量は、購入時の伝票や納品書
  • 原材料の調達量は、調達管理システムや発注データ

新しく何かを測定する装置を買う必要はありません。日常業務で溜まっている数字を引っ張ってくるところから始められます。

掛け合わせる排出係数のほうは、自分で算出する必要はなく、公的なデータベースが公開されています。環境省の排出原単位データベースがそれで、2026年4月にVer.3.6が公開されています。Excel形式で配布されているので、自社の活動に合う係数を探して掛けるだけです。

算定全体の考え方や、業種別の細かいルールについては、同じく環境省の排出量算定に関するガイドラインに体系的にまとめられています。基本ガイドラインに加えて、一次データを使った算定の手引きも用意されているので、本格的に取り組む段階で目を通しておくと、社内での説明にも使えます。

ステップ4 数字を読んで、削減の的を絞る

排出量が出たら、そこで終わりにしてはいけません。算定の本当の目的は、数字を眺めることではなく、どこを減らせるかを見つけることです。

出てきた数字を、Scope別・カテゴリ別に並べてみます。すると「電気の割合が思ったより大きい」「いや、それより仕入れている樹脂の排出が全体の半分を占めていた」といった発見が必ずあります。割合の大きいところが、削減のいちばんの的です。

ここまでが可視化の一連の流れです。整理すると、目的を決め、範囲に線を引き、活動量に係数を掛け、結果を読む。たった4ステップ。やってみると、最初の壁は計算そのものより、もっと手前にあると気づくはずです。

現場でつまずきやすい3つの壁

実際に手を動かすと、決まって同じ場所でつまずきます。私がいくつもの現場で見てきた「あるある」を3つ挙げておきます。先に知っておけば、心の準備ができます。

壁1 データが社内に散らばっている

いちばん多いのがこれです。電気の請求書は総務、燃料の伝票は工場、調達データは購買。部署ごとにバラバラで、しかも紙とExcelとシステムが混在している。集めるだけで一苦労です。

対処はシンプルで、最初に「どの数字が、どこの誰の手元にあるか」を一覧にすることです。データそのものを集める前に、データのありかの地図を作る。これだけで作業がぐっと楽になります。担当者を巻き込む口実にもなります。

壁2 排出係数の選び方で手が止まる

データベースを開くと、似たような係数がいくつも並んでいて、どれを選べばいいか迷う場面が出てきます。ここで延々と悩んで、作業が止まる人が多い。

割り切りが大事です。最初の年は、最も近いと思われる係数を選んで先に進む。後から見直せばいい。完璧な係数選びより、まず全体の数字を出すことを優先してください。

壁3 「正確に」を求めすぎて動けない

これは真面目な担当者ほど陥ります。「この数字、本当に合っているのか」と不安になり、一歩も進めなくなる。

割り切って言います。最初の算定は、ざっくりで構いません。サプライチェーン全体の排出を1グラム単位で正確に出すことは、そもそも誰にもできません。大事なのは精度より、傾向をつかんで削減の的を見つけること。粗くてもいいから一周回す。その経験が、翌年の精度を上げる土台になります。

3つの壁に共通するのは、「完璧を目指すと止まる」という構造です。可視化は一度で完成させる試験ではなく、毎年回して育てる業務だと捉える。そう考えると、ずいぶん肩の力が抜けるはずです。

可視化の先にある「削減」 原材料という大きな一手

ここからは、可視化のその先の話です。せっかく測ったのなら、減らさないと意味がありません。そして製造業の場合、減らす対象として見落とされがちな、けれど効果の大きい領域があります。原材料です。

Scope3を動かしたいなら、買っているものを見直す

前半で触れたとおり、製造業の排出はScope3カテゴリ1、つまり仕入れた原材料の製造時排出が大きな割合を占めることが多い。ということは、自社の工場の省エネだけでは、全体の数字はなかなか動きません。

ここで効いてくるのが、原材料そのものの見直しです。同じ機能を果たすなら、製造時のCO2が少ない素材に切り替える。プラスチックを扱う製造業にとって、その有力な選択肢が再生材です。

再生材への切り替えが効く理由

バージンのプラスチックは、原油の採掘から精製、重合という長い工程を経て作られます。この過程で相応のCO2が出ます。一方、マテリアルリサイクルでつくる再生材は、すでに世の中にある廃プラスチックを回収し、粉砕・洗浄して再びペレットにする。原油から作り直す工程を丸ごと省けるため、製造時のCO2を大きく抑えられます。

品目や条件によって削減の幅は変わりますが、素材を再生材に置き換えるだけで、製品全体のScope3カテゴリ1が目に見えて下がるケースは珍しくありません。自社の生産プロセスを変えずに、買う素材を変えるだけで効く。これは現場にとって、かなり現実的な打ち手です。

「削減効果を数字で出せる」相手を選ぶ

ただし、再生材なら何でもいい、という話ではありません。可視化の文脈で原材料を見直すなら、もう一つ大事な視点があります。「どれだけCO2を減らせたかを、数字で示してくれる相手か」という点です。

取引先に提出する排出量データには、根拠が要ります。「再生材を使っています」だけでは弱い。「この再生材に切り替えたことで、調達分のCO2をこれだけ減らせました」と数字で言えて初めて、Scope3の削減実績として通用します。だからこそ、CO2削減効果まで可視化して報告してくれるリサイクル事業者を選ぶ意味があるんです。

たとえば、群馬県太田市で廃プラスチックのマテリアルリサイクルを手がける日本保利化成株式会社のSDGs経営と資源循環への取り組みでは、回収した廃プラを50種類以上の樹脂に対応して再生ペレット化し、自社のCO2排出量の可視化と、リサイクルによる削減効果の把握に取り組んでいます。製造工程で出た端材などを有価で引き取り、それを再生材として循環させる一貫した流れを持っているのも特徴です。再生材の品質を国際基準で裏づけるGRS認証も取得しています。

こうした事業者と組めば、再生材への切り替えが「なんとなく環境にいい」で終わらず、Scope3の削減実績という数字に変わります。可視化の作業と、削減のパートナー選びが、ここでつながるわけです。素材を仕入れる立場の製造業にとって、この組み合わせは覚えておいて損のない一手です。

まとめ

CO2の可視化は、難解な計算に挑む前に、考え方を整理するところから始まります。最後に要点を振り返っておきます。

  • 可視化は取引を守る盾であり、コスト削減と投資判断の材料でもある
  • Scope1・2は自社の請求書から、Scope3は影響の大きいカテゴリ1から着手する
  • 算定は「活動量 × 排出係数」の掛け算。活動量は社内の既存データ、係数は環境省の公開データベースを使う
  • 目的を決め、範囲に線を引き、計算し、結果を読む。この4ステップを毎年回して育てる
  • 完璧を目指すと止まる。最初の一周は粗くていい
  • 減らす段階では、自社の省エネだけでなく原材料に目を向ける。再生材は有力な選択肢で、削減効果を数字で示せる相手を選ぶことが鍵になる

取引先からの一通のメールに身構えた方も、やるべきことを分解すれば、最初の一歩は今週にでも踏み出せます。まずは電気の請求書を一年分、机に並べてみる。可視化は、その地味な作業から始まります。手を動かした分だけ、自社の輪郭がはっきり見えてくるはずです。