製造現場において、接着剤、シール材、はんだペーストなどの流体制御は、製品の品質を左右する極めて重要な工程です。しかし、多くの現場担当者が「液だれ(ドローピング)」「気泡(ボイド)」の発生に頭を悩ませています。

「たかが一滴の液だれ」「微細な気泡」と軽視してはいけません。これらはショート不良、接着強度不足、外観不良といった重大な欠陥に直結し、歩留まりを大きく低下させる要因となります。

本記事では、FA(ファクトリーオートメーション)の視点から、ディスペンサーの塗布品質を劇的に向上させるための具体的かつ実践的なノウハウを解説します。

参考: 2液型ディスペンサ(塗布装置)| 定量吐出ディスペンサのナカリキッドコントロール

なぜ「液だれ」と「気泡」はなくならないのか?

最新のディスペンサーを導入しても、設定や運用が不適切であればトラブルは防げません。まずは敵を知ることから始めましょう。

物理的な発生メカニズムを知る

液だれと気泡は、流体力学的な現象です。

  • 液だれ: 主に「残圧」と「表面張力」のバランスが崩れた時に発生します。吐出停止信号を送った後も、シリンジやチューブ内に圧力が残り、液剤が押し出され続ける現象です。
  • 気泡: 液剤そのものに含まれる「溶存空気」、充填時に巻き込まれる「巻き込み空気」、そして急激な圧力変化によって発生する「キャビテーション(空洞現象)」の3つが主な原因です。

品質のばらつきが招くコストとリスク

液だれが発生すると、ワーク(対象物)の汚染だけでなく、ノズル先端の清掃頻度が増え、タクトタイム(生産工程の処理時間)が悪化します。また、気泡を含んだまま硬化した接着剤は、熱膨張によって破裂したり、絶縁破壊を引き起こしたりするリスクがあります。これらを後工程で修正するには多大なコストがかかるため、「塗布工程でゼロにする」ことが最も経済的な解決策です。

「液だれ」をゼロにするための実践テクニック

液だれを防ぐための最も即効性のある対策は、ディスペンサーの設定とハードウェアの選定にあります。

サックバック(バキューム)機能の最適化

多くのエアパルス式ディスペンサーには、吐出終了後にノズル内の圧力を下げる「サックバック(バキューム)」機能が搭載されています。これは、吐出後にわずかに空気を吸い込むことで液剤を引き戻し、液切れを良くする機能です。

負圧設定の「強すぎ」は逆効果

「液だれを止めたい」という一心で、バキューム圧を強く設定しすぎるのは典型的な失敗例です。負圧が強すぎると、ノズル先端から空気を吸い込んでしまい、次回の吐出時にその空気が「気泡」となって吐出されます。

また、過度な引き戻しは、シリンジ内のプランジャー(ピストン)と液面の間に隙間を作り、そこにもエアが混入する原因となります。

適切なサックバック時間の見極め方

サックバックは「圧力(強さ)」と「時間」で調整します。

  1. まずはバキューム圧をゼロにする。
  2. 液だれが発生するのを確認する。
  3. 徐々にバキューム圧を上げ、液だれが止まるギリギリのポイントを見つける。
  4. そのポイントから、わずかに余裕を持たせた設定で固定する。

このように「必要最小限」に留めるのが鉄則です。

ノズル選定で物理的に遮断する

液剤の粘度や特性に合わせてノズルを変えるだけで、液だれが解消することは珍しくありません。

テーパーノズルとストレートノズルの使い分け

ノズル形状特徴液だれリスク推奨用途
テーパーノズル先端に向かって徐々に細くなる形状。流動抵抗が少なく、高粘度液剤でもスムーズに出る。高い(流れやすいため止まりにくい)高粘度ペースト、フィラー入り液剤
ストレートノズル均一な内径の金属製ニードル。流動抵抗が高い。低い(抵抗により自然に止まりやすい)低粘度液剤、微量塗布

液だれが止まらない場合、テーパーノズルからストレートノズル(または内径の細いノズル)に変更することで、物理的な抵抗を増やし、液だれを防ぐことができます。ただし、吐出量は減少するため、圧力や時間の再調整が必要です。

内径と長さの黄金比

ノズルの「長さ」も重要です。ノズルが長いほど流動抵抗が増し、液だれしにくくなります。逆に、短すぎるとキレが悪くなります。一般的に、低粘度液剤の場合は長めのノズルを、高粘度液剤の場合は短めのノズルを選ぶのがセオリーですが、液だれ対策としては「可能な範囲で細く、長く」することで改善が見込めます。

残圧をコントロールする

エアパルス方式の場合、シリンジ内の空気の体積が大きい(液剤が減ってきた)状態だと、圧縮された空気が膨張しようとする力が働き、残圧による液だれが起きやすくなります。
液剤の残量に応じて補正を行う機能を持つディスペンサーを使用するか、こまめに液剤を補充して空気層を減らす運用が効果的です。

「気泡(ボイド)」を徹底的に排除するプロセス

気泡対策は、ディスペンサーの設定以前に「準備段階」で勝負が決まっています。

塗布前の「脱泡」が8割を決める

液剤メーカーから納入された容器や、詰め替え作業中に混入した気泡は、塗布装置側では除去しきれません。

自転公転ミキサーと真空脱泡の違い

  • 自転公転ミキサー: 遠心力を利用して、材料を撹拌しながら気泡を抜く装置です。高粘度材料でも短時間で処理でき、分散性も向上します。シリンジに充填した状態で脱泡できるタイプもあります。
  • 真空脱泡: チャンバー内を真空にして気泡を膨張させ、表面に浮かせて除去します。確実性は高いですが、時間がかかり、揮発成分が含まれる液剤には不向きな場合があります。

現場では、これらを組み合わせるか、特に「自転公転ミキサー」の導入が気泡撲滅の近道です。

シリンジ充填時の「ボトムアップ充填」

ペール缶やカートリッジからシリンジへ液剤を移し替える際、上から流し込むのは厳禁です。必ずシリンジの底部から液面を上昇させる「ボトムアップ充填」を行ってください。専用の充填機を使用し、空気を巻き込まないようにゆっくりと充填することが重要です。

塗布中の気泡発生(キャビテーション)を防ぐ

準備段階で気泡がなくても、塗布動作中に気泡が発生することがあります。

ピストンの跳ね返りと密着性

シリンジ内で液剤を押す「ピストン(プランジャー)」の選定も重要です。ピストンと液面の間に空気が残っていると、加圧・減圧の繰り返しでその空気が液中に混ざり込みます。
液剤の特性に合わせ、ワイパー機能(かき取り性)の高いピストンを選び、充填時にピストンと液面の間のエア抜きを徹底してください。

速度と圧力のバランス調整

ジェットディスペンサーなどの高速駆動バルブでは、プランジャーが高速で後退する際に局所的な真空状態が生まれ、溶存ガスが気泡化する「キャビテーション」が発生することがあります。
この場合、動作サイクルをわずかに遅くする、あるいは液剤の温度を調整して粘度を下げ、流動性を確保するなどの対策が必要です。

高精度ディスペンサーの方式別・選び方と特徴

液だれや気泡の問題が解決しない場合、ディスペンサーの方式そのものが用途に合っていない可能性があります。

エアパルス方式(タイムプレッシャー)の限界と対策

最も一般的で安価な方式ですが、空気の圧縮性を利用するため、以下の弱点があります。

  • 液量変化に弱い: シリンジ内の液量が減ると空間が増え、応答性が悪くなる。
  • 粘度変化に弱い: 室温変化で粘度が変わると吐出量が変わる。

対策: 高精度レギュレーターを使用する、または液残量検知機能付きの上位モデルを選定する。

ジェットディスペンサー(非接触式)のメリット

ノズルをワークに近づけず、液滴を飛ばして塗布する方式です。

  • 液だれ知らず: 物理的に液を切って飛ばすため、液だれや糸引きがほぼ発生しません。
  • 高速: Z軸の上下運動が不要なため、圧倒的にタクトタイムが短縮されます。
  • 凹凸に強い: ワーク表面の高さバラつきに影響されません。

低粘度から中粘度の液剤で、微細塗布が必要な場合に最適です。

モーノポンプ・スクリュー方式(高粘度対応)

スクリューを回転させて液剤を送り出す方式です。

  • 高粘度・フィラー対応: 粒子を含んだ液剤でも潰さずに搬送できます。
  • 脈動なし: 連続的に一定量を吐出できるため、線引き塗布(シール描画)に最適です。
  • サックバックが強力: モーターの逆回転で確実に液を引き戻せるため、液だれ防止性能が高いです。

容積計量式(プランジャー)の安定性

シリンジ内の体積を機械的に押し出す方式です。

  • 粘度影響ゼロ: 粘度が変わっても、押し出す体積が決まっているため吐出量は変わりません。
  • 2液混合に最適: 主剤と硬化剤の比率を厳密に管理できます。

環境要因:見落としがちな「温度」と「粘度」の関係

どれほど高性能なディスペンサーを使っても、環境温度が管理されていなければ精度は出ません。

1℃の変化が粘度を大きく変える

一般的に、液体の粘度は温度が1℃上がると数%〜10%程度低下します。
朝一番の冷えた工場と、昼過ぎの暖まった工場では、同じ設定でも吐出量が全く異なります。粘度が下がれば液だれしやすくなり、上がれば吐出不足になります。

対策:

  • シリンジヒーターや温調ユニットを導入し、液剤温度を一定(例:25℃や30℃)に保つ。
  • あえて少し高めの温度で安定させることで、外気温の影響を受けにくくするテクニックも有効です。

ワークの温度管理も忘れずに

液剤だけでなく、塗布されるワーク側の温度も重要です。ワークが冷えすぎていると、着弾した瞬間に結露水分を取り込んで気泡になったり、濡れ性が悪化したりします。予熱ヒーターなどでワーク温度を安定させることも、高品質な塗布には欠かせません。

まとめ:塗布品質は「準備」と「微調整」で決まる

液だれ・気泡ゼロを実現するためには、単に高価な機械を買うだけでは不十分です。

  1. 材料の準備: 脱泡と充填を徹底し、元から気泡を断つ。
  2. 適切な選定: 液剤特性に合ったディスペンサー方式とノズルを選ぶ。
  3. 繊細な調整: サックバック圧、温度、速度を現場で最適化する。

特に「サックバックの微調整」と「温度管理」は、今日からでも見直せるポイントです。これらの基本を徹底することで、不良率を劇的に下げ、生産効率を最大化することができるでしょう。